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	<title>千の風になって &#8211; 夢中余瀝</title>
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		<title>a thousand winds または「千の風になって」のこと</title>
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		<dc:creator><![CDATA[nanai]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 25 Jan 2011 05:08:41 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[その他]]></category>
		<category><![CDATA[千の風になって]]></category>
		<category><![CDATA[新井満]]></category>
		<category><![CDATA[秋川雅史]]></category>
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					<description><![CDATA[秋川雅史の歌唱で広く知られるようになった「千の風になって」は、Do not stand at my grave and weep で始まる英語の詩が元になっているようだ。 元の英語の詩は、簡潔な韻文なので、わからない単語 &#8230; <a href="https://nassan7.com/2011/01/25/a-thousand-winds/" class="more-link">続きを読む <span class="screen-reader-text">a thousand winds または「千の風になって」のこと</span></a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>秋川雅史の歌唱で広く知られるようになった「千の風になって」は、Do not stand at my grave and weep で始まる英語の詩が元になっているようだ。</p>
<p>元の英語の詩は、簡潔な韻文なので、わからない単語は辞書で引くなりすれば、ブログ主のような義務教育修了程度の英語力で十分読解可能と思われる。（末尾に、ウィキペディアからの引用を掲げてある。）</p>
<p>ただし、元になった英語の詩といっても、これがそれだと確定することは簡単ではないようだ。</p>
<p>ブログ主は、いつだったか、秋川雅史の歌唱で有名になる前、初めてこの英語詩に接した時、作者不詳だがアメリカでは葬儀で読み上げられることがある、ということを知り、そういうものかと思った記憶がある。</p>
<p>今回、あらためてインターネットで検索したところ、１９３０年代にアメリカ人の女性が、友人の母の死に際して作ったものが、人から人に伝えられていく過程で形を変え、今日、広く知られるようなものになった、という説が有力なようで、別にアメリカインディアンの言葉だという説もあるらしい。</p>
<p>いずれにせよ、このアメリカ人女性は著作権を主張していないようだし、その後の変形についてもだれも著作権を主張してはいない。</p>
<p>ところで、秋川雅史が歌っている「千の風になって」は、ＣＤの発売元のホームページでは、シングル版には作詞:不詳、作曲・日本語詞:新井満となっており、アルバム版には作者不詳、作曲・日本語訳詞:新井満となっている。</p>
<p>作詞は不詳、日本語詞は新井満に、作者不詳、日本語訳詞新井満ね。</p>
<p>日本語詞なのか日本語訳詞なのかどっちなんだ。</p>
<p>元の詩は Do not stand at my grave and weep で始まる英語の詩で、作者は不詳、すなわち読み人知らずという認識であり、この詩に関連づけて新井という人が日本語の詞を作ったということなのか、あるいは、この詩を訳したということなのか。</p>
<p>これはどういうことなのだろう。</p>
<p>元の英語詩の日本語訳でもあるし、新井という人がほとんどゼロから作ったものでもあるということなのだろうか。</p>
<p>作詞:不詳または作者不詳というからには元の詩があることを認めているのだろう。その元の詩と、日本語詞あるいは日本語訳詞の新井満との関係がよくわからない。</p>
<p>関係があるとも解釈できそうだし、ないとも解釈できそうだ。曖昧である。曖昧にしているのか。</p>
<p>だから、ここから先は、ブログ主の勝手な思いこみになる。（ま、このブログ自体が思いこみ固まりなのだから、そんなこと、いちいち言わなくともよい！と叱られそうですが）</p>
<p>元の英語詩（下に引用した３種のうちいちばん最後のもの）と、新井という人の日本語詞・訳詞を比べて、まず浮かぶ感想は、新井日本語詞・訳詞は感傷的、お涙頂戴的という言葉だ。</p>
<p>英語や英文学、まして英語詩には目に一丁字もないブログ主でも、辞書を引き引き、なんども口ずさんで味わったところでは、原詩は、いつまでも墓の前でめそめそするな Do not stand at my grave and weep 、それよりもあなたはあなたの人生を生きなさい、この世界のどこかで私は見守っているから、というドライだが（湿っぽくない）暖かいメッセージを送っているように思える。</p>
<p>だが、新井日本語詞・訳詞は、「墓」に、「お」がついて「お墓」なのだな。もう、ここからしていけません。おまけに「泣かないでください」と死者が生者にお願いをしちゃうんだな。いったいなに、これ。「お墓の前でなんたらかんたら」ではなく「墓」の前で泣くな、汝墓前にて涙するなかれ、ではないか。</p>
<p>まあ、詩歌の受け取り方は人それぞれで、なにが正しいということはないのだから、ブログ主の感想は余計なお世話の域を出ないのだが、でも、英語の詩と、新井日本語詞・訳詞との間にある違和感については一言、言っておかねばという思いが強い。</p>
<p>さらに、思いをつづけると、この新井という人、「千の風」を商標登録している。</p>
<p>商標登録！？</p>
<p>元の英語詩に関わった人は著作権すら主張していないのだが…</p>
<p>まあ、それは人それぞれだからご自由にどうぞというしかないが、この人、公式ホームページによると、商標「千の風」の利用料を、いったん本人の口座に振り込ませ、その後全額を「千の風・基金」に送金し、社会福祉支援活動に支出しているという。</p>
<p>？</p>
<p>面白いことをしますなあ。</p>
<p>いくら、人の死に関わる詩だからといって、自分が訳したかあるいはそれに近いことをしたのなら、堂々と印税なりなんなりを受け取ればよろしい。「千の風」が広く知られるようになったのを絶好のビジネスチャンスと考えて商標登録したのなら、そこからの上がりも堂々と懐に入れればよろしい。</p>
<p>なんでこんな面白いことをするのかなあ。本人は、ホームページでなにやらおっしゃってますが、なんだかよくわからない。</p>
<p>あ、ついでといってはなんだが、この曲も、ブログ主の好みではない。感傷の上塗りです。</p>
<p>最後に一言。</p>
<p>ネットを見ると、秋川雅史歌唱の「千の風になって」を聞いて、身近な人の喪失感を癒されたという方は多いようだ。このブログ記事は、そうした方をあれこれ言おうとする趣旨ではない。秋川雅史歌唱の「千の風になって」で癒されたのなら、それはそれで結構なことだ。この記事は、あくまで、新井という人の日本語詞・訳詞と、原詩とされる英語の詩との間で、ブログ主が感じた違和感を記録したものであることを申し述べさておく。</p>
<p>（以下ウィキペディアからの引用。すべて題はついていない。説明の文言には手を加えてある。）</p>
<p>（１）作者として有力視されている Mary Frye によりオリジナルだと確認されたといわれるもの</p>
<p>Do not stand at my grave and weep,</p>
<p>I am not there, I do not sleep.</p>
<p>I am in a thousand winds that blow,</p>
<p>I am the softly falling snow.</p>
<p>I am the gentle showers of rain,</p>
<p>I am the fields of ripening grain.</p>
<p>I am in the morning hush,</p>
<p>I am in the graceful rush</p>
<p>Of beautiful birds in circling flight,</p>
<p>I am the starshine of the night.</p>
<p>I am in the flowers that bloom,</p>
<p>I am in a quiet room.</p>
<p>I am in the birds that sing,</p>
<p>I am in each lovely thing.</p>
<p>Do not stand at my grave and cry,</p>
<p>I am not there. I do not die.</p>
<p>（２）Mary Frye の友人の Margaret Schwarzkopf の両親の友人が、葉書に印刷したもの</p>
<p>Do not stand at my grave and weep</p>
<p>I am not there; I do not sleep.</p>
<p>I am a thousand winds that blow,</p>
<p>I am the diamond glints on snow,</p>
<p>I am the sun on ripened grain,</p>
<p>I am the gentle autumn rain.</p>
<p>When you awaken in the morning&#8217;s hush</p>
<p>I am the swift uplifting rush</p>
<p>Of quiet birds in circled flight.</p>
<p>I am the soft stars that shine at night.</p>
<p>Do not stand at my grave and cry,</p>
<p>I am not there; I did not die.</p>
<p>（３） Mary Frye が亡くなった時に、新聞の死亡記事（2004年9月）に載せられたもの</p>
<p>Do not stand at my grave and weep</p>
<p>I am not there; I do not sleep.</p>
<p>I am a thousand winds that blow,</p>
<p>I am the diamond glints on snow,</p>
<p>I am the sun on ripened grain,</p>
<p>I am the gentle autumn rain.</p>
<p>When you awaken in the morning&#8217;s hush</p>
<p>I am the swift uplifting rush</p>
<p>Of quiet birds in circling flight.</p>
<p>I am the soft starlight at night.</p>
<p>Do not stand at my grave and cry,</p>
<p>I am not there; I did not die.</p>
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