新聞・TVの社員ジャーナリストは、「首相をころころ変えるのは国益に反する」などと言う。
ころころ変わるのは、なんのためかといえば、彼らが愚にもつかない「世論調査」で、「空気」をつくり、ころころ「変える」からだろう。
バカを言っちゃあいけない。自分たちで原因を作っておいて、その結果を「国益」に反するだなどというのは、天に唾するようなものだ。
「国益」もかわいそうなものだ。新聞・TVの社員ジャーナリスト風情が、自分たちの不始末をゴマカすために使われるとは。
「国益」などという大事な言葉は、彼らのように間違って使ってはいけない。
本当に使うべきは、例えば、次のような文脈においてである。
この極東の島国で、1億2000万人余が、平和で幸福に、誇りを持って暮らしていくためには何が大切か。すなわち、何が、日本国民にとっての利益になるのか、つまり国民益=国益になるのか。
高級官僚や新聞・TV、菅直人や自民党が「日米同盟関係が最重要」言い募るように、混乱して沈みかけている米国を唯一のパートナーとして、あたかも下駄の雪のごとくに付き従っていくことが国益なのか。
それとも、この、ユーラシア大陸の東端に位置する島国と言う地理的条件をふまえ、真に独立した主権国家として、中国、ロシア、韓国、東南アジア諸国、そして太平洋を挟んでの隣国である米国と、対等にして友好的な国家関係を作っていくことが、国益なのか。
ブログ主は、もちろん、後者が真の国益を実現する立場だと思っている。
ところが、現状はと言えば、この日本列島に、米国の軍隊が基地を置き、治外法権状態のまま、勝手気ままに使いたい放題などという、わが国開闢以来、絶えてなかったことがまかり通っている。これは、第二次世界大戦終結後も、事実上の米国による日本占領が続いている国辱的状態であり、日本国民が主権を行使できないでいるという、およそ国民の利益に反する状態である。
第二次世界大戦の終結後、先輩たちは、経済復興を最優先に働いてきた。おかげさまで、私たちは今、開闢以来、未だかつてなかったような繁栄の中にある。戦争直後の国民共通の夢だった「銀シャリをお腹いっぱい食べる」は、まさに日常茶飯のことになった。
しかしながら、「人はパンのみにて生くるものにあらず」、その志によっても生きるものである。「一寸の虫にも五分の魂」とも「匹夫もその志を奪うべからざるなり」とも言うではないか。おかげさまにて、衣食足りた今、私たちは、独立国家の主権者としての誇りを取り戻すときがきたのではないか。
であれば、その第一歩は、現行の日米安全保障条約を改定して友好平和条約のようなものに変え、日本国内にある米軍基地を即刻撤去し、第二次世界大戦終結以来続いている事実上の米国による日本占領を、一刻も早く終結させることである。
しきりに「国益」を口にする、高級官僚や新聞・TV、菅直人や自民党の諸君に、はたして、このことの自覚のありやなしや。