「小沢裁判」の異様

19日、いわゆる「強制起訴」に基づく小沢一郎氏の政治団体・陸山会の政治資金規正法をめぐる裁判があり、弁護側の最終弁論と小沢氏自身による最終意見陳述があった。(小沢氏の最終意見陳述詳細は末尾に掲載)

新聞やTVの言うことを鵜呑みにせず自分でインターネット等を探索して多面的に情報を集め、ゆっくり落ち着いて論理的に物事を考えることができ、そのようにして得られた結論がたとえ自分の不利益になることであってもためらわず受け入れることができる人であるならば、この裁判の異様さは十分に理解できよう。

陸山会の元秘書3人の裁判とあわせて、この裁判で明らかになったことは、国家権力の一機関である捜査と起訴の権限を合わせ持つ検察が、政権交代直前の野党党首の小沢氏をねらい打ちし、国民の主権行使のほとんど唯一の機会である選挙に干渉したという、およそ民主主義国家ではありえない政治的謀略をおこなったということである。

21世紀に入って10年以上たつというのに、これではまるで、天皇主権の明治憲法下で、内務省(警察権を握る)による選挙介入がめずらしいことではなかった戦前と変わらないではないか。

しかも、情けないことは、検察の政治介入だけでも許しがたいことであるのに、本来こうした国家権力の暴走をチェックする役割の新聞やTVが、逆に検察のお先棒を担いで小沢バッシングに走ったことである。

この国は、国民主権とか民主主義とかは名ばかりのことで、実質的には、検察権力を楯とする官僚勢力が、新聞TVなどのマスコミを使い走りにして国民をいいようにたぶらかし、自分たちの利益を好き放題むさぼっている官僚主権国家である。

しかし、検察による選挙介入にも関わらず、3年前の総選挙では国民は民主党を選択した。小沢氏が、勇気ある選択と言うゆえんである。だが、この3年間の民主党の実体はどうか。民主党の中の親官僚勢力は、小沢氏のおかげで政権を担えるようになったくせに、検察の政治謀略とその使い走りの新聞TVの動きに乗じて、事実上の党内クーデターにより小沢氏の追い落としを図り、小沢氏の活動の場を狭めるとともに、民主党に投票した国民の期待を裏切り、平然と「国民の生活が第一」の公約を破り捨てようとしている。

どうにも救いがないように見える現状であるが、救いといえば、検察の政治謀略とマスコミのバッシングにもひるむことなく立ち向かう小沢氏の勇気である。ふつうの政治家、いや人間であれば、これだけのことをされてへこたれないはずはないが、にもかかわらず、正々堂々、戦う姿には頭が下がる。思うに、小沢氏には、日本に本当の国民主権、本当の民主主義を根付かせたいという理想があるからこそ、この勇気なのだろう。

筆者も、及ばずながら、小沢氏の勇気の一端をいただいて本当の国民主権、本当の民主主義の定着のためにできるかぎりのことをしていくつもりである。

[小沢元代表意見陳述の詳細]

 裁判長のお許しをいただき、本裁判の結審に当たり、私の見解を申し上げます。

5ヵ月半前、私は指定弁護士による起訴状に対し、次のように申し上げました。

(1)東京地検特捜部による本件強制捜査は、政権交代を目前に、野党第一党の代表である私を政治的・社会的に抹殺することが目的であり、それによって政権交代を阻止するためのものだったと考えられる。

それは、主権者である国民から何の負託も受けていない検察・法務官僚による議会制民主主義の破壊行為であり、国民主権への冒とくである。

 (2)指定弁護士の主張は、そのような検察の不当・違法な捜査で得られた供述調書を唯一の証拠にした東京第5検察審査会の誤った判断(起訴議決)に基づいたものにすぎない。

 (3)したがって、本裁判は直ちに打ち切るべきであり、百歩譲って裁判を続けるとしても、私が罪に問われる理由はない。政治資金規正法の言う「虚偽記載」に当たる事実はなく、ましてや私が虚偽記載について共謀したことは断じてない。

 (4)今、日本が直面する危機を乗り切るためには、このような国家権力の濫用を止め、政党政治への国民の信頼を取り戻し、真の民主主義を確立する以外に方法がない。

以上の見解は、これまで15回の公判を経て、ますます鮮明になったと思います。

 以下、その事実を具体的に申し上げます。

基より、「法の下の平等」「推定無罪」「証拠裁判主義」は、法治国家の大原則であります。

ところが、東京地検特捜部の強制捜査は、それらをことごとく無視して、証拠に基づかない不当な推認を積み重ねただけのものでありました。まず、政治資金規正法の制定以来、本日ただ今に至るまで、政治資金収支報告書に間違いや不適切な記載があっても、実質的犯罪を伴わない限り、検察の言う「虚偽記載」も含めて、例外なくすべて、報告書を修正することで処理されてきました。

 それにもかかわらず、私のケースだけを単純な虚偽記載の疑いで強制捜査、立件したことは、「法の下の平等」に反する恣意的な法の執行にほかなりません。また、前田元検事がこの法廷で、「取り調べの初日に、木村主任検事から『これは特捜部と小沢の全面戦争だ。小沢を挙げられなかったら特捜部の負けだ』と言われた」と証言したように、「推定無罪」どころか、最初から「有罪ありき」の捜査、立件でした。

 さらに、形式的には「証拠裁判主義」にのっとって、私を2度不起訴にしておきながら、その実、違法・不当な捜査で得た供述調書と「小沢有罪ありき」の捜査報告書を東京第5検察審査会に提供することで、同審査会の議決を「起訴議決」へと強力に誘導しました。その動かない証拠が、石川元秘書が虚偽記載を私に報告、了承を得たとの供述を維持したという平成22年5月17日の田代検事作成の調書と捜査報告書であります。

 去る2月17日の公判で、裁判長が、「検察審査会の再度の議決の判断材料として提供することを予定しながら、違法不当な取り調べを行い、石川に供述を維持させた」、「捜査報告書の記載は事実に反する」と指摘されたとおりだと思います。とりわけ重大な問題だと思うのは、田代検事自身が法廷証言で、「捜査報告書は上司に言われて作った。検察審査会に提供される可能性はあると思っていた」と認めたように、石川元秘書が供述していない虚偽の事実を意図的に報告書に記載し、東京地検が、それを検察審査会に提供したことであります。

 その悪質さにおいては、厚生労働省元局長村木厚子氏の虚偽公文書作成事件で、前田元検事が証拠を改ざんした事件を上回るのではないかと思います。そして、その虚偽の供述調書と捜査報告書は、平成22年9月、検察審査会が起訴議決をして、私の強制起訴を決めた最大の証拠とされました。

 それは、検察審査会の議決文が石川元秘書の調書を信用できるとした理由について、虚偽の捜査報告書の内容を踏まえて、「再捜査で、石川自身が供述を維持した理由を合理的に説明している」と明記していることで明らかであります。

 ところが、東京地検特捜部による強力な検察審査会誘導はそれだけにとどまりません。

先に、裁判長が田代検事による石川元秘書の違法不当な取り調べについて、「個人的なものではなく、組織的なものであったとも疑われる」と指摘され、花崎検事による池田元秘書の取り調べについても、「利益誘導があった」、「取り調べメモを廃棄した」と認定されたとおり、当時の佐久間部長、齋藤副部長、吉田副部長、木村主任検事ら特捜部あげての審査への誘導工作だったと考えられます。

 実際、東京地検が検察審査会の再審査に提供した、ほかの捜査報告書を見ると、「小沢は3回にわたる取り調べでも合理的な説明ができず、不自然な弁解に終始した」、「政治資金収支報告書に関する小沢の供述は虚偽である」、「小沢の共謀を推認する積極的証拠となり得る」、「小沢には本件不記載・虚偽記載の動機があった」等々、「小沢有罪ありき」の推認の記述ばかりで、明らかに、起訴議決をしない方がおかしい、強制起訴すれば裁判でも勝てる、と誘導しています。

 仮に、それら捜査報告書と供述調書が、ほかの政治家に関するものであり、かつ私がそれを審査する検察審査会の一員だったとしたら、私も「起訴議決」と誤った判断をしていただろうと思うほど、強烈で執拗な工作であります。

 加えて、前田元検事が、「東京地検では証拠隠しが行われた。検察審査会では全ての証拠を見ていない」と証言したように、検察の「小沢有罪ありき」の見立てに合わない取り調べ結果は供述調書にせず、そのメモさえ審査会に提供しませんでした。

 そのような検察の手法には、司法の支配者然とした傲慢ささえうかがわれます。事実、東京地検は、本公判開始の9か月も前の昨年1月に、田代検事並びに特捜部副部長による捜査報告書の虚偽記載の事実を把握しておきながら、放置、黙認し、指定弁護士にも、裁判所にも、私の弁護団にも一切伝えなかったと報道されています。

 特に、指定弁護士が強制起訴手続きを行う前にその事実を把握していたのに、指定弁護士に知らせなかったのは、言語道断であると思います。

 本件は、ただ単に検察が私個人に対して捜査権・公訴権という国家権力を濫用したということではありません。

野党第一党の代表である私を強制捜査することで政権交代を阻止しようとし、政権交代後は与党幹部である私を強制捜査ー強制起訴することで新政権を挫折させようとした、その政治性に本質があります。

 検察は、2年間もの長きにわたって、不当・違法な捜査を行い、あまつさえ検察審査会の審査・議決を誘導して、強力に政治への介入を続けました。それは正に、議会制民主主義を破壊し、国民の主権を冒とく、侵害した暴挙と言うしかありません。その実態が15回の公判を通じて、具体的事実によって、いよいよ鮮明になったことが、本裁判の一番の意義である、と私は思います。

 以上のように、検察審査会の起訴議決は、私を強制起訴させるために東京地検がねつ造した違法不当な供述調書と捜査報告書に基づく誤った判断であり、その正当性が失われたことが明白である以上、私にはいかなる点でも罪に問われる理由はありません。

私は無罪であります。

 もちろん本来は、本件控訴は棄却されるべきものであります。

もし、何らかの理由で公訴が棄却されない場合でも、私にはいかなる点でも罪に問われる理由はありません。政治資金規正法の言う「虚偽記載」に当たる事実はなく、ましてや私が虚偽記載について元秘書と共謀したことは絶対にありません。

 東日本大震災からの復興は、丸1年経っても本格化するに至らず、福島第一原子力発電所の事故は依然として収束の目途すら立たず、一方では歴史的円高によって国内産業の基盤が崩れ始め、欧州の金融危機に端を発する世界恐慌の恐れが迫って来ている今、日本の経済・社会の立て直しは一刻の猶予も許されない事態になっています。

 そのためには、検察・法務官僚による政治のろう断に即刻、終止符を打ち、速やかに政党政治に対する国民の信頼を取り戻して、議会制民主主義を機能させなければなりません。裁判長はじめ裁判官の皆様におかれましては、見識ある公正なご判断を下されるようお願い申し上げ、私の意見陳述を終えます。

ありがとうございました。

[引用終わり]

私家版 昭和平成史 世相篇2 「公共空間の私化」

平成24年3月某日、朝7時半頃、東京近郊を走る上り各駅停車の、ほぼ座席が埋まる程度の私鉄電車内の出来事。

途中駅で乗り込んできた20歳代と思われる女が、座席を確保するやいなや、バッグから某コンビニのシールのついた袋入りの調理パンを取り出し、悪びれる風もなく、大きな口を開けてかぶりついた。数分でその調理パンを食べ終わると、今度は、袋入りの菓子パンを取り出し、同様にむしゃむしゃと。

この10分足らずの間、前後左右の乗客は、訝るでもなく、平然と、というように見える態度で、本を読んだり、携帯をいじったりそれぞれの世界に没頭。

行楽地などに向かう長距離列車ではなく、せいぜい数十分程度の乗車時間しかない郊外電車内で、この20歳代女のごとく、あたりも構わず朝食をむさぼる傍若無人の風景がしばしば見られるようになったのは、平成に入ってから数年してのことか。

言うまでもなく、通勤電車の車内は公共空間であり、そこでは飲食や化粧の類の私的行動は慎むべきものであることは、暗黙のルールとして了解されていたはずのものだが、いわゆるバブル経済の崩壊と軌を一にしたのか、上述のごとき堂々たる飲食や、塗るの描くの大わらわの化粧など、公共もへちまもあったものかというごとき振る舞いが目に付くようになった。

経済のバブルが文字通りうたかたのごとく消えるとともに、公と私の区別をつけるルールも幻のように消えてしまったのだろうか。

私家版 昭和平成史 世相篇1 「3月11日の黙祷」

平成24年3月11日午後、東京郊外のショッピングモールにいたら、店内アナウンスがあって、1年前の大震災発生時刻になるので黙祷をお願いします、とのこと。

「黙祷」のアナウンスとともに、ざわめきがやや静かになった。少なからぬ人が、そのアナウンスに従ったようだ。

この黙祷を呼びかけるアナウンスは、その施設独自の判断によるものなのか、あるいは、その筋からのお達しに従ったものなのかは不明。

毎年夏の終戦記念日(と大方の人は言うが、本当は敗戦記念日)の正午頃、甲子園の高校野球会場では、場内放送に従って試合を中断し黙祷をしているが、、あのときも、デパートなど人の集まるところでは、店内放送で黙祷を呼びかけているのか。その時分は、旧盆なので、筆者はたいてい自宅におり、繁華街にいた経験がないのでどのようになっているのか知らないのだが。

3月11日の黙祷呼びかけは、今年限りのことなのか、それとも来年以降もずーっと続けるのか。どうなのだろう。

ちなみに、筆者は、その場では黙祷に加わらなかった。どこの誰とも分からぬ人に放送で指示されて、一斉に黙祷するなど、自分の感性ではできない。大震災で非業の死を遂げられた方々のご冥福を祈るのは、自分なりの工夫で臨みたいと考えている。

 

67年目の3月10日

今日は、67回目の東京大空襲の記念日。

1945年3月10日未明、墨田区・江東区など東京の下町を中心に、アメリカ軍の焼夷弾攻撃を受けて、10万人を超える死者・行方不明者が出た。死者のほとんど全てが一般庶民の非戦闘員、すなわちあなたや私だ。

戦争は災害である。しかし、地震や津波と違って、防ごうと思えば防げる人災だ。だが、この戦争という災害では、利益を受ける人がいる。「死の商人」と呼ばれる人々だ。

彼ら「死の商人」がもっとも好むのは、一般庶民が、戦争で死ぬのは誰か他の人であって、自分や自分の家族は関係がないと思うことだ。そうであれば、彼らは、その隙に乗じて安心して、「ビジネスチャンス」を生かすべく戦争を引き起こし、利益追求に邁進するだろう。

戦争を防ぐ、ほとんど唯一の道は、自分や自分の家族が、ひょっとしたら、東京大空襲の死者であったかもしれないと考える想像力である。

「絆」「支えあい」と「一億総懺悔」

もうすぐ、大震災から1年。その1年が過ぎようとしているこの国で、「絆」と「支えあい」が、はやり言葉になっている。「がんばろう、東北」とか「がんばろう、日本」とかいう言葉もよく聞く。

たしかに、未曾有の災害を経験して、人々が、人間自然の感情の発露にしたがい、「絆」を再確認したり、「支えあ」うのは当然であるし、「がんばる」ことが必要な場面もあるとは思う。

だが、これらの言葉が、あの大震災の経験を、天から降ってきた、誰にも責任のない、不可抗力の運命であり、したがって誰の責任を問うことできず、甘受するしかないものであるので、だから人は皆助け合わねばならないのだという文脈で使われるのなら、話が違う。

地震と津波は天災だったが、福島原発は人災である。「原発安全神話」をばらまいてきた人々、地震と津波の常襲地帯の海岸に無造作に原発を立地した人々、事故発生後に事故が大したことのないように嘘をつき続けた人々、これらの人々による災害、すなわち人災である。加えるに、復興が遅々として進まないことも人災である。

これら人災の責任の所在を明らかにせず、有責者に償いをさせないままであると、この人々は懲りることなく再び同じ過ちを繰り返すことになるに違いない。

こうしたことを考えることなく、すべての人が等しく「絆」を確認したり「支えあい」をすべきであり、「がんばる」べきであるというなら、そういうことは、大震災の人災としての側面を曖昧にし、無責任な振る舞いによって甚大な被害をもたらした人々の責任をうやむやにすることになるのであり、ひいては、このたびと同様の災厄を将来にわたって繰り返すことを防げないだろうと言わざるを得ない。

そういえば、われわれは、敗戦直後、「一億総懺悔」という言葉によって、あの無謀な戦争の責任の所在を曖昧にしたまま今日に至っているのだった。

「災害は忘れた頃にやってくる。」

災害は、天災と人災だけではない。戦争も、また災害である。

 

ある過労自殺

『阿修羅』という投稿サイトを見ていたら、「『ワタミで飲まない会』入会のご案内」という投稿が目にとまった。

その投稿は、4年前、ワタミフードサービス経営の居酒屋に勤めていた当時26歳の女性の入社2ヶ月での自殺が、月100時間以上に及ぶ残業や休憩・休日も十分に取れないなど「業務による心理的負荷が主因となって精神障害を発病した」ことによるものと、神奈川の労災補償保険審査官がこの2月になって認定したことを紹介し、このことへのワタミフードサービス・渡邉美樹会長の言動を批判する内容だ。

この投稿によると、自殺した女性の残業は月140時間にもなったという。140時間! 週5日・月20日として一日あたり7時間、しかも休憩・休日も十分取れなかったというのだから、その苦しさはどんなものだったろう。この女性の心中を思うと涙がこぼれそうになる。

ご冥福をお祈りするとともに、ご遺族にはお悔やみを申し上げます。

片や渡邉氏。投稿によると、「労務管理できていなかったとの認識はありません。」とツイート。数年前に出演したTV番組「カンブリア宮殿」では「無理というのは嘘つきの言葉、途中でやめるから無理になる、やめさせないで鼻血を出そうがぶっ倒れようが1週間全力でやらせる、そうすればその人は無理とは口が裂けても言えない。」などと述べて司会者を唖然とさせている。

こういう考えの人物が経営者である企業であれば、この女性のような犠牲者が出るのも必然ということだろう。この会社がブラック企業と呼ばれるのも当然だ。投稿によると、この渡邉という人、東京都知事選挙に出馬したとき「自殺ゼロの社会」を訴えていたという。まさにブラックユーモアである。

人間を人間として扱わない企業及びその経営者、そのような企業の経営者を現代のヒーローであるかのように持ち上げるマスコミ、これらは犯罪者と言ってよい。

かつて、マルクスは人間労働を極限まで搾り取るシステムを資本制的生産様式、その搾り取る側の主役を資本家と呼び、その非人間的性格を余すところなく分析したが、この渡邉という人、まさにマルクスの言う資本家そのものではないか。

ソ連などの社会主義国家が前世紀末に崩壊してから、「マルクスは死んだ」などと叫び回るお調子者が現れたが、マルクスは死んでなどいない。

マルクスが分析対象としたのは19世紀の、主にイギリスの資本主義経済だったが、それが抱えていた非人間的性格は、21世紀の資本主義経済、すなわち現代世界を覆わんとしているグローバル経済化現象・市場万能主義的経済の非人間的性格にそのまま受け継がれ、ますます熾烈さを増している。

この状況に対して、人間とその生活をどう守るかは現代社会の最優先の課題である。かつて19世紀に、マルクスが資本制的生産様式から人間とその生活を守ることを課題としたように。

マルクスは、決して、死んでなどいない。