「李下に冠を正し、瓜田に履を直」した新聞社の社員ジャーナリスト

23日の夜、都内の日本料理店で、新聞社の編集部門社員、朝日新聞の星某、読売新聞の橋本某、毎日新聞の岩見某が菅直人と会食した。

彼ら編集部門社員三人のうち何人かは、先の民主党代表選の際、日本記者クラブで行われた記者会見で、候補者である小沢一郎氏と菅に質問していたし、また、一人はTVのニュースショーに出て、何やらコメントする姿をかつて見た記憶があるから、彼らは新聞社の編集部門社員、すなわち記者というものであり、したがって日本ではジャーナリスということになるものであろう。

年末のこの時期に、複数の人間が会食することを、世間では忘年会と呼ぶ。すなわち、この会食は、時の内閣総理大臣と新聞社の社員ジャーナリストが忘年会をやったということだ。

この日本料理店は、昼食時間帯でも一人1万円程度、夜になると数万円のお値段になる。総理大臣や高給を食む新聞社の社員ジャーナリストにとっては日常茶飯の価格かもしれないが、今日の昼食はマクドナルドの100円バーガーで済ませようか、コンビニのおにぎり2個で我慢しようか、あるいは頑張った自分にご褒美だから「天や」の500円の天丼で豪遊しようかという具合に、このデフレ不況下、減る給料、導入されるかもしれない消費税増税に怯え、財布のひもを絞れるだけしぼって生活防衛に走らざるをえない普通の国民、すなわちブログ主のような人間の感覚からすると目の球の飛び出るほどの高価格店だ(あえて高級とは言わない)。

この時期に、この価格の料理店で、新聞社の社員ジャーナリストが、時の最高権力者と忘年会をするというのはどういうことなのだろうか。

国民の知る権利の付託に応え、時の最高権力者にインタビューし、本音を引き出し、政治過程に影響を与えることはジャーナリストの職分ともいえるものだから、新聞社の社員ジャーナリストが、総理大臣と会うことは自体は正当な職務行動である。

だが、同時に彼らは、不偏不党にして中正公平な立場で可能な限り客観的な報道と論評をおこなうことを社是であるとか綱領としているはずの各新聞社の社員ジャーナリストである。

そうであるからには、そのような方針を掲げている新聞社の社員として、取材対象と蔓んでいるとか、あるいはグルになっているなどとあらぬ疑いをかけられるようなことをしてはいけないことになっているはずである。

そこで、今回の会食だが、社員ジャーナリストが総理大臣と、昼日中に、官邸などの執務場所で、ただ単に会ったということではなく、夜に料理店で忘年会をしたということであり、すなわち懇親をしたということである。

懇親とは、読んで字のごとく、懇ろに親しむということだ。

なぜ、彼らは、政権党である民主党の内部で、主導権を争うグループの一方の旗頭でもあり、いわゆる世論調査での支持率ががた落ちしている総理大臣でもある人物と、この時期に、彼らの大好きな言葉で言うと、「庶民感覚」とか「国民目線」からは目の球の飛び出る高価格の料理店で忘年会をやり、懇ろに親しんだのか。

「庶民感覚」や「国民目線」からは、「李下に冠を正し、瓜田に履を直」したと言われてもやむを得まい。つまり、菅直人と蔓んで、あるいはグルになって、小沢一郎氏追い落としの陰謀をめぐらしたなどと疑われてもしかたがないということだ。

彼らは、自分たちが国民の知る権利の負託に応え、不偏不党の立場から中正公平な報道に努める社会の公器としての新聞企業の一員であり、社会の木鐸としてのジャーナリストであると自負するなら、これまた彼らの大好きな言葉で言うと、自分たちのしたことについて「説明責任」がある。